朝7時の山手線。乗客は皆、立ったまま、ほとんど身動きしない。スマートフォンを見るか、目を閉じるか、窓の外を眺めるかのいずれか。視線が交わることはほとんどない。これは無関心ではなく、ひとつの作法である。
距離の作法
朝の通勤電車では、見知らぬ人同士が体を密着させざるを得ない状況が日常的に発生する。にもかかわらず、車内には独特の静けさが保たれている。ほとんどの乗客は、たとえ隣り合っていても、視線を合わせず、声を発さない。
身体的距離が極端に近づくほど、視覚的・聴覚的距離は遠くなる。それは長い時間をかけて成立した、暗黙の調整である。

視線の置き場所
目の置き場所は、四つに分類できる。
一つ目は、自分のスマートフォン。これは現代の標準である。
二つ目は、車両の天井近くに掲示された広告。中吊り広告と呼ばれるこの広告群は、視線が向かう先として正当化されている。
三つ目は、窓の外の流れる風景。
四つ目は、目を閉じること。
これらの選択肢は、いずれも他の乗客と視線を交わさずに済むための装置として機能している。
身体の向き
座席に座る乗客は、必ず正面を向く。立っている乗客は、ドアか吊り革に向かって体を整える。これらの向きは、誰かに教えられるものではなく、車両の構造そのものが要求するものである。
つまり、車両という空間が、乗客の身体姿勢を規定している。設計が文化を作る、ひとつの典型例である。