銭湯は、家庭風呂が普及する前の日本で、最も日常的なコミュニティ空間であった。現在も都内に残る老舗銭湯は、その時代の空間設計をほぼそのまま残している。
宮造りという様式
東京の銭湯の多くは、「宮造り」と呼ばれる神社建築を模した外観を持つ。破風、唐破風、千鳥破風——これらの装飾は、もともと神聖な建物のものであった。庶民の入浴施設に、こうした格式高い意匠が採用された理由は、明確には記録されていない。

ひとつの推測は、銭湯が単なる入浴施設ではなく、地域の社交場、儀礼の場として機能していたことを反映しているというものである。
内部の空間構成
入り口を入ると、まず番台がある。番台は、男女両方の脱衣所を見渡せる位置に設置されている。料金の徴収と、安全管理を兼ねた構造である。
脱衣所と浴室の間には段差があり、湯気と水滴が脱衣所に侵入しないように設計されている。これは入浴のたびに繰り返される、無言の境界である。
富士山の壁画
浴槽の正面には、ほぼ例外なく富士山の壁画が描かれている。これは「ペンキ絵」と呼ばれ、専門の絵師が定期的に描き直すことで維持されてきた。
しかし現在、ペンキ絵を描ける職人は全国に数名しかいない。多くの銭湯では、絵が劣化するに任せている。